はじめに:営業は頑張っている、マーケも頑張っている。なのに噛み合わない

「うちのプロダクトは競合より優れているのに、営業がその価値を顧客にうまく伝えられていない」。中堅B2B企業の事業責任者から、この悩みを聞かない日はありません。

一方で営業に聞くと、こう返ってきます。「マーケが作った資料は現場感がなくて使えない」。

営業もマーケも、それぞれ全力で動いています。問題は個人の能力ではなく、プロダクトの強みを”顧客が分かる言葉”に変換する仕組みが、組織のどこにも存在しないことにあります。この「翻訳機能」の不在こそが、部門間の断絶を生み出す構造的な原因です。

本記事では、翻訳機能の不在がどれほどの損失を生んでいるのか、その機能をどう立ち上げるのかを、具体的な事例と数字を交えて解説します。


1. こんな症状、思い当たりませんか――「翻訳機能」不在の典型パターン

B2Bの現場では、こんな光景が繰り返されています。

  • プロダクトチームが新機能をリリースしたが、営業資料への反映は2週間後
  • マーケティングが制作したホワイトペーパーを、営業が「現場では使えない」と放置
  • 営業が独自に作った提案書のメッセージが、プロダクトの方向性とずれている
  • 競合比較を聞かれた営業がその場で答えられず、商談のテンポが崩れる

これらは一見バラバラの問題に見えますが、根っこは同じです。プロダクトの技術的な価値を、顧客が「自分ごと」として理解できる言葉に変換し、営業が現場で使える形に整える機能が存在しないのです。

数字で見る「翻訳機能」不在のコスト

米Highspotの調査では、営業担当者の82%が「マーケティングが整備したコンテンツに依存している」と回答しています(出典)。この翻訳済みコンテンツがない環境では、営業は自力でプロダクトの価値を言語化しなければなりません。結果として、提案メッセージが営業担当者ごとにバラバラになり、組織として再現性のある営業活動ができなくなります。

さらに、CSO Insightsのデータによると、営業担当者は業務時間の約30%を資料探しや自作に費やしているとされています。年間売上100億円規模の企業で営業が50名いた場合、単純計算で年間数千万円相当の工数が「翻訳機能の不在」によって失われている計算です。

翻訳機能がある組織 翻訳機能がない組織
顧客向けメッセージが全社で統一されている 営業ごとに説明の仕方がバラバラ
競合比較情報が常に最新に保たれている 前任者が作った古い資料を使い回している
新機能リリースと営業ツールの更新が同期する 新機能の存在を営業が知らないまま商談に出る
顧客の声がプロダクト開発に還元される 営業が拾ったフィードバックが宙に浮く

2. この翻訳機能、海外では「PMM」という専門職が担っている

この「翻訳機能」を専門的に担う職種が存在します。プロダクトマーケティングマネージャー、略称PMMと呼ばれる役割です。

PMMを一言で言えば、プロダクトと市場の間に立つ翻訳者です。プロダクトマネージャーが「何を作るか」を決める人だとすれば、PMMは「作ったものをどう届けるか」を設計する人にあたります。

PMMが担う4つの業務領域

1. メッセージの設計 :自社プロダクトが市場でどんな立ち位置にあり、顧客にどう語りかけるべきかを言語化する

2. 市場・顧客の理解 :顧客の課題や購買行動、競合の動向を把握し、プロダクト開発に還元する

3. 市場投入計画の立案 :新機能リリースや新市場参入の際に、部門横断で実行計画を設計する

4. 営業が”売れる状態”の整備 :営業が商談で使えるコンテンツ、トレーニング、ツールを揃える

日本企業の先行事例:SmartHR

SmartHRは、この翻訳機能を最も体系的に整備している日本企業の一つです。有料オプションが8個から18個に急拡大する過程で、PMM組織を16名体制にまで拡充しました(出典)。人事労務、タレントマネジメント、情シスの3チームに分かれ、それぞれのプロダクト群に対してメッセージ設計から市場投入までを一気通貫で担っています。

プロダクト数が増えるほど、翻訳すべき対象も増えます。SmartHRがPMM体制を拡充したのは、まさにこの「翻訳量の増大」に組織として対応するためでした。

海外事例:SlackのPMMが成長を加速させた話

Slackは創業初期からPMMチームが市場投入の戦略を牽引し、顧客の声を起点にメッセージの精度を高め続けました。その結果、ローンチからわずか1年で企業評価額11.2億ドル(約1,700億円)に到達しています(出典)。優れたプロダクトだけでは、この成長速度は実現できなかったでしょう。市場への届け方を設計する翻訳機能が、成長のボトルネックを解消したのです。

日本の中堅企業にこそ翻訳機能が必要な理由

Product Marketing Allianceの2025年レポートによると、海外でもPMMチームの44.3%がわずか1〜2名体制です(出典)。これは専任者がいる企業の数字であり、日本ではPMM専任者がゼロという企業がまだ大半を占めると考えられます。

ただし、重要なのは「PMMという肩書の人を採用すること」ではありません。プロダクトの価値を顧客の言葉に翻訳し、営業が使える形に整えるという”機能”を組織に持たせることが本質です。


3. AIが「翻訳機能の立ち上げ」を後押しする時代

2026年、生成AIの浸透がこの翻訳機能の立ち上げハードルを大きく下げています。

Forresterは、2026年末までにB2B組織のコンテンツの3分の2が、各部門の社員がAIツールを活用して制作するようになると予測しています(出典)。さらにGartnerは、従来型の検索エンジン経由のトラフィックが25%減少すると予測しています(出典)。

この2つの変化が意味するのは、コンテンツの量ではなくメッセージの質で勝負する時代への転換です。AIがドラフト作成やリサーチを高速化してくれる分、人間は「誰に、何を、どんな文脈で届けるか」という設計に集中できるようになります。

一方で、Product Marketing Allianceの調査によると、AIを戦略的な意思決定に活用しているPMMはわずか34%にとどまっています(出典)。多くの企業がAIを「速く書く道具」としてしか使えていないのが現状です。この差は、翻訳機能の設計思想があるかどうかで生まれています。

つまり、AIは翻訳機能を代替するものではなく、翻訳機能の立ち上げと運用を加速させる道具として位置づけるのが適切です。


4. 専任者なしでも始められる「翻訳機能」立ち上げ3ステップ

「翻訳機能の必要性は分かった。でも専任者を採用する余裕はない」。多くの中堅企業が直面するこの課題に対して、段階的なアプローチをご紹介します。

ステップ1:翻訳テンプレートを1枚作る

まず取り組むべきは、プロダクトの価値を顧客の言葉に変換するテンプレートの作成です。以下の5項目を1枚のドキュメントにまとめるだけで、メッセージの統一度は大きく変わります。

  • ターゲット顧客 :誰の、どのような業務課題を解決するのか
  • 選ばれる理由 :競合ではなく自社を選ぶ決定打は何か
  • 証拠 :その価値を裏付ける具体的なデータや導入事例は何か
  • 顧客の言葉 :顧客自身はこの課題をどのような表現で語っているか
  • NGワード :社内では通じるが顧客に伝わらない専門用語はどれか

このテンプレートは、営業・マーケ・プロダクトの3者が集まって埋めていくことが重要です。完璧を目指す必要はありません。まず1枚作り、運用しながら精度を上げていくことをお勧めします。

ステップ2:「翻訳会議」を週1回、30分だけ設ける

専任の翻訳者がいなくても、翻訳機能を果たす場は作れます。プロダクト・マーケティング・営業から各1名が参加する30分の週次会議を設定してください。

議題は3つだけに絞ります。

1. 顧客の声の共有 :今週、顧客から聞いた反応で印象的だったものは何か

2. メッセージのズレ確認 :営業現場で「伝わらなかった表現」「刺さった表現」はどれか

3. 翌週のアクション :翻訳テンプレートの更新、資料の修正、競合情報の追加など

この会議が、事実上の翻訳機能として動き始めます。大切なのは、誰か一人がこの会議のオーナーになることです。プロダクト担当でもマーケ担当でも構いません。「翻訳者」としての意識を持つ一人がいるだけで、部門間の連携は見違えるほど改善します。

ステップ3:AIを「もう一人の翻訳スタッフ」として使う

翻訳テンプレートと会議体が整ったら、AIを活用して運用を効率化します。

  • 競合情報の整理 :競合のWebサイトやプレスリリースの情報をAIに収集・要約させる
  • メッセージの壁打ち :顧客向けの説明文のドラフトをAIに複数パターン出させ、チームで選ぶ
  • FAQ作成 :営業がよく聞かれる質問への回答案をAIに下書きさせ、現場感を加えて仕上げる
  • 顧客インタビューの要約 :商談メモや録音データをAIに整理させ、気づきを抽出しやすくする

ただし、AIはあくまで下書き担当です。「自社は何者で、顧客にどう語りかけるか」という核心の判断は、市場の手触りを知る人間が行うべきものです。

この3ステップは、順番どおりに進めることをお勧めします。翻訳テンプレートという設計図がなければ、AIの出力を評価する基準がありません。テンプレート、会議体、AI活用。この順序が、最も確実に翻訳機能を立ち上げる道筋です。


まとめ:「翻訳機能」は、最も投資対効果の高い組織の仕組み

本記事の要点を整理します。

  • 「営業がプロダクトの価値を伝えきれない」問題の根本原因は、プロダクトと市場の間の翻訳機能が不在であること
  • この翻訳機能は海外ではPMM(プロダクトマーケティングマネージャー)という専門職が担っているが、肩書より機能を持つことが重要
  • AIはこの翻訳機能を代替するのではなく、立ち上げと運用を加速させる道具として有効
  • 翻訳テンプレート、週次の翻訳会議、AI活用の3ステップで、専任者なしでも機能は立ち上がる

営業とマーケの断絶、プロダクトの強みが顧客に届かないもどかしさ。これらの課題は、個人の頑張りではなく、組織に翻訳機能を持たせることで構造的に解消できます。

事業責任者自らが市場に出て顧客の声を聴き、プロダクトと市場を繋ぐ全体設計を牽引する。このGTM-Led Growthの思想の中で、翻訳機能は最も実務に近い実行の起点になります。

まずは翻訳テンプレートの1枚から、始めてみてはいかがでしょうか。


市場投入の設計や翻訳機能の立ち上げについて、壁打ち相手が必要でしたらお気軽にご相談ください。

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