「AIが全部やる」に、巨額が張られた

2024年から2025年にかけて、BtoBの世界には一つの強い物語がありました。「AIが営業を、サポートを、オペレーションを、人間なしで丸ごと回す」。完全自律のAIエージェントが、人間の仕事を引き受ける――その絵に、巨額の資金と期待が動きました。

2026年、その壮大な実験から、たくさんの学びが出てきています。完全自律という設計思想は、まだ多くの場面で一足飛びには回らない。けれど、これは失敗の物語ではありません。むしろ逆です。本気で限界まで攻めたからこそ、AIに任せられる領域と、人が握っておくべき領域の輪郭が、はっきり見えてきた。その課題の表出が、次の形を浮かび上がらせています。それがHuman-in-the-loop(人間がループに入る協働モデル)です。

私たち自身、自社のBtoBグロースをAIで回す過程で、この「全部任せる」の魅力と限界の両方を内側から見てきました。このレポートでは、何が見えてきたのかを冷静に振り返ります。そのうえで、あなた自身に問いを投げたい。AIとどう向き合うのが、いまの正解なのか。


「全部AIにやらせる」に挑んだ者たちが、見せてくれたこと

象徴的だったのが、AI SDR(AIによる新規開拓営業)の領域です。人間の営業担当の代わりに、AIが見込み客を探し、メールを書き、アポを取る。そういう完全自律型のスタートアップが、2024年に一気に資金を集めました。挑戦そのものは、市場に大きな前進をもたらしました。

そして2026年、実地のデータが出そろってきました。AI SDRツールの解約率は年率50〜70%に達するとの業界集計もあり、一般的なSaaSの数倍の水準です。これは、完全自律がまだ越えられていない壁が、数字に表れたということです。

個別の企業をめぐる報道も続きました。大型調達で注目された11xは2025年3月、実在しない企業を顧客として掲載していたとTechCrunchに報じられました。ロゴを挙げられた企業からは「顧客ではない」と否定され、法的措置を警告されたとも報じられています(報道ベースで、ここでは事実認定ではなく市場が直面した出来事として扱います)。ただし11xの一件は、完全自律の技術的な限界とは別の話です。過剰な期待が誇張という歪みを生んだ、ナラティブ先行の副作用と見るべきでしょう。AI SDRのArtisanは2026年1月、LinkedInから一時的に締め出されました。理由はスパムではなく、LinkedIn名の無断使用と、規約に反するデータ収集を行う事業者の利用でした。同社は約2週間で対応し復帰しています。いずれも、AI営業が依存するチャネル側が、無秩序な自動化に線を引き始めた、という出来事です。

土台の変化もあります。コールドメールの平均返信率も、近年は低下傾向にあります。Belkinsの集計(2025年)では、2023年の6.8%から2024年に5.8%へと下がっています。受信箱の飽和、高度化するスパムフィルタ、そして薄い自動メールの氾濫。「とりあえずAIで大量に送る」というやり方の効きが、年々シビアになっているわけです(いずれもベンダー各社の集計値です)。

注目したいのは、完全自律に挑んだ当事者たちの動きです。彼らの多くは撤退したのではなく、「人間のコパイロット(副操縦士)」へと立ち位置を進化させています。AIが主役で人間が消える、という当初の絵を、AIと人間が組む形へと描き直している。挑戦から得た学びを、次の設計に変換しているのです。Forresterも2026年の予測で、AIへの過剰な期待が「現実的なリセット」を迫られる年になるとし、情報過多のB2B購買では信頼できる人間の専門家への回帰が進むと指摘しています。


なぜ、完全自律だけでは回らなかったのか

理由は1つではありません。いくつもの論点が、同時に表面化しました。

品質の論点があります。AIが書いたメールは、経験ある購買担当者にすぐ見抜かれる。形式的な書き出し、汎用的な訴求、独特のリズム。これらがスパムの信号として働きます。

チャネルの論点があります。プラットフォーム側の自動化検知は急速に高度化し、無秩序なAI運用に対して経路が閉じる方向へ動きました。

法務・コンプライアンスの論点もあります。アウトバウンドのAI営業は、多くが法的なグレーゾーンに触れます。日本でも、個人情報保護法や特定電子メール法の解釈は厳しくなる流れにあります。さらに日本には固有の事情があります。欧米のようなオプトアウト前提のアウトバウンド文化がそもそも薄く、海外のAI SDRプレイブックをそのまま持ち込むと、チャネルの相性以前に商習慣で弾かれる。海外で起きた現象をそのまま日本の現在地と重ねられない、という前提を置いておく必要があります。

そして最も大きかったのが、期待値の論点です。経営層が「AIが全部やってくれる」と期待し、現場が「思った精度で動かない」と感じる。この期待値の幅が、早期の解約につながりました。

これらは、AIの能力が低いという話ではありません。「人間を一気に抜く」という設計の置き方が、現時点の技術と市場の成熟度に対して急すぎた、ということです。逆に言えば、人の関与の置き方さえ設計できれば、AIはもっと大胆に活かせる。営業組織における、より具体的な学びと回帰のメカニズムは、別のレポート「AIエージェントが営業組織を再定義する」で詳しく整理しています。


では、Human-in-the-loopとは何か

こうした学びの先で、業界が辿り着きつつある形がHuman-in-the-loopです。

ひと言で言えば、AIと人間の役割を意図的に分けて設計する協働モデルのことです。AIが定型・反復・データ処理を担い、人間が判断・関係構築・複雑な意思決定を担う。「AIに全部やらせる」でも「人間が全部やる」でもなく、両者の境界を意図して引く。

これは特定の企業の造語ではありません。複数のアナリストや実装企業の発信を通じて、2025年後半から業界共通の方向性として立ち上がってきたものです。

面白いのは、人間をどれだけループに残すか(HITL率と呼びます)が、用途によってきれいに変わることです。たとえば規制・監査・契約が絡む法務やコンプライアンスの領域では、顧客に影響する判断に人間の承認を残すのが実務上の標準とされています。失敗したときの責任が重い領域ほど、人を近くに残す。逆に、リスクの低い定型作業はどんどんAIに寄せていく。

つまりHuman-in-the-loopとは、「AIか人か」の二択ではありません。リスクに応じて、人の関与をどこに・どれだけ残すかを設計する考え方です。


ただし「人を残す」は、答えの半分でしかない

ここまで読んで、「なるほど、人を残せばいいのか」と思われたかもしれません。けれど、話はそこで終わりません。むしろ、本当に難しいのはその先です。

「人を残す」と決めた瞬間に、新しい問いが立ち上がります。どの業務に、どれだけの比率で、いつまで人を残すのか。最初から人を抜きすぎれば、品質が崩れて事故が起きる。逆に、いつまでも人を厚く残したままなら、AIを入れた意味が薄れていく。

完全自律に課題があったのと同じように、「とりあえず人を残しておく」も、設計としては不十分なのです。Human-in-the-loopは、答えの入り口であって、答えそのものではありません。


あなたは、AIとどう向き合うのが正解だと思いますか

ここで、あなたに問いを投げたいと思います。

あなたの事業で、いまAIに任せている仕事はありますか。そこに、人はどう関わっていますか。その関わり方は、「なんとなく」で決まっていませんか。それとも、リスクと成果を見て意図的に設計したものですか。

AIを全部信じるのでも、全部疑うのでもない。どこに人を残し、どこをAIに委ね、その境界を時間とともにどう動かしていくか。これを設計できるかどうかが、AI時代に事業を伸ばせる組織と、ツールを入れただけで終わる組織を分けます。

私たちギアソリューションズは、自社のBtoBグロースをAI駆動で動かしながら、この問いにずっと向き合ってきました。そして、Human-in-the-loopを「どう設計し、どうスケールさせるか」には、再現できる型があると考えています。

次回のレポートでは、その答え――人とAIの比率を段階的に引き上げていく具体的な運用設計――を、私たちが自社で回しているモデルとともにお見せします。

その前に、ぜひ一度、あなた自身の答えを考えてみてください。あなたは、AIとどう向き合うのが正解だと思いますか。


Human-in-the-loopについてよくある質問

Q1. Human-in-the-loopは、結局「AIはまだ使えない」という話ですか?

いいえ。むしろ逆です。AIを本気で事業に使うからこそ、どこに人を残すかを設計する必要がある、という話です。完全自律で課題が出たのは、AIの能力が低いからではなく、人を抜くスピードが速すぎたからです。人を適切に残す設計ができれば、AIはむしろ大胆に活用できます。

Q2. 完全自律のAIエージェントは、もう使えないということですか?

そうではありません。カスタマーサポート特化のSierraのように、境界を明確にした特定領域では、特化型エージェントが成果を出しています。課題が出たのは「営業の全プロセスを丸ごと自動化する」という置き方です。Agentic AI(自律的に判断・実行するAI)そのものではなく、人を抜きすぎた設計に論点があった、と理解するのが正確です。

Q3. 中小企業でも、Human-in-the-loopは関係ありますか?

大いに関係します。むしろ人手が限られる組織ほど、1人がAIを監督して複数の業務を回すレバレッジが効きます。大規模なツール群は必要ありません。まず1つの業務で「どこを人が見るか」を決めるところから始められます。

Q4. 「どこに人を残すか」は、どう決めればよいのですか?

判断の軸は、そのタスクで失敗したときの責任の重さです。規制・契約・ブランドに直結する領域ほど人を厚く残し、リスクの低い定型作業はAIに寄せていく。この具体的な設計手順は、次回のレポートで詳しく扱います。

Q5. AI SDRそのものを否定しているのですか?

していません。新規問い合わせへの一次対応や、定型のフォロー連絡など、境界を区切ればAIに任せられる領域は確かにあります。課題が表面化したのは「見込み客の発掘から商談化まで、営業の全プロセスを人なしで回す」という置き方です。AIに任せる範囲と、人が握る範囲を分けて設計できれば、AI SDRはむしろ強力な戦力になります。


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